“いつもの私”をあきらめない
脱毛とうまく付き合うヒント
2025/08/18
プレシジョンメディシン
がんの治療を受ける方にとって、「脱毛」は多くの方が経験する副作用のひとつです。髪の毛は見た目の印象に大きく関わるため、不安に感じたり、自分らしさを失ったように感じたりすることもあるかもしれません。
このコラムでは、脱毛を引き起こす薬剤の種類や、そのメカニズム、そしてできるだけ穏やかに乗り越えるための工夫について解説します。
抗がん剤の多くは、「細胞分裂が盛んな細胞を攻撃する」性質を持っています。これは、がん細胞が活発に分裂・増殖している特徴を利用した仕組みです。
しかし、私たちの体の中にも、正常でありながら分裂の盛んな細胞が存在します。その代表が「毛包(毛根)」の細胞です。
毛髪は絶えず伸びるため、毛根の細胞は常に分裂を繰り返しています。抗がん剤はこれらの細胞にも影響を及ぼすため、治療中に脱毛が起こるのです。
脱毛の程度は、使用する抗がん剤の種類や治療スケジュールによって異なります。以下は、脱毛が比較的起こりやすい薬剤の一例です。
•タキサン系(パクリタキセル、ドセタキセル など)
→ 強い脱毛がほぼ確実に起こる薬剤群です。
•アルキル化剤(シクロホスファミド など)
→ 脱毛の頻度が高く、時にまつ毛や眉毛も抜けることがあります。
•アントラサイクリン系(ドキソルビシン、エピルビシン など)
→ 頭髪だけでなく全身の体毛に影響が出ることもあります。
一方で、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬は、脱毛の頻度は比較的低い傾向があります。ただし、薬剤によっては「まばらに抜ける」「毛質が変わる」といった形で影響が出ることもあります。
脱毛を完全に防ぐことは難しいのが現実ですが、以下の方法で「脱毛の程度を軽減できる可能性」があると報告されています。
① 頭皮冷却療法(スカルプクーリング)
治療中に頭皮を冷やすことで、毛根への薬剤の到達を減らし、脱毛を予防する方法です。
国際的な研究で、1)Shenらの分析によると、頭皮冷却療法を受けた群では脱毛リスクが約41%低下し(相対リスク RR=0.59、95% CI:0.53–0.66)、エビデンスの質は中程度と評価されています。
国内では、一部の医療機関で導入が進んでいます。成功率は抗がん剤の種類や体質によって異なりますが、効果が期待できる場合もあります。
② 頭皮・髪のケア
•刺激の少ないシャンプーの使用
•日常的な保湿
•強いブラッシングの回避
これらの工夫で、脱毛による頭皮のトラブルや炎症を軽減することができます。
脱毛は一時的な副作用であり、多くの場合は治療終了後に自然に再生していきます。再び髪が生え始める時期は、治療終了から1〜3か月後が一般的です。
ただし、生え始めの毛は「細い」「うねっている」「色が違う」といった変化があることも。これらは時間とともに落ち着いていくケースが多いですが、不安な場合は医療スタッフに相談するのがおすすめです。
また、ウィッグ(医療用かつら)や帽子などを活用することで、安心して日常生活を送ることができます。最近では、医療用ウィッグへの助成制度がある自治体もあります。
例えば、港区では、ウィッグや胸部補正具といった外見ケア用品の購入やレンタルにかかる費用の一部を助成する制度を設けています。
「髪を失うこと」は、身体的な変化以上に、心の変化を伴う体験です。けれども、それは「命を守るための治療の一環」であることも、忘れないでいてください。
一人で抱え込まず、医療者やサポートチームにぜひ思いを話してください。脱毛の不安に寄り添い、あなたらしさを大切にする治療のお手伝いをしたいと、私たちは考えています。